2012年5月9日水曜日
歳を取るということ
先日誕生日を迎えた。来年は不惑だ。
小さい時、誕生日という習慣に慣れるのに時間がかかった。
何がおめでたいのか分からなかったのだ。
誕生日当日に、昨日の自分と今日の自分の違いが理解出来なかった。
何だか賑やかな食事と、かんぱーいの言葉が飛び交う食卓の端っこで
冷めた小さい僕は思っていた。
「昨日も今日も明日も、同じように過ぎて行くというのに」
まあ男四人兄弟の三番目という家庭なので、我が家全体も誕生日イベントに対して
それ程思い入れも無かったように思う。
祖母も同居していたし、年に何回誕生日やればいいんや?感は有っただろう、家族全体で(母親は別として)。
両親は家業も忙しかったし、そもそも男兄弟は弟や兄に
心のこもったプレゼントなんかしない。多分。全国的に。
なので、誕生日の夜と言っても普段の食事と大して変わる訳ではなく
母親が思う「この子の好きな物」がおかずになる程度だ。
そしてプレゼントは特に無い。ケーキが好きな者なんて皆無で、当然として無い。
食事が終われば各自それぞれの日常に戻る。兄は部屋に入り父親は眠り母は食器の片付けをし
弟と祖母はテレビのチャンネル権を争う。それが小さい僕の誕生日ってやつだ。
大きくなってからも、その感覚はあまり変わらなかった。
何かが出来るようになったお祝いではなく、ただ一定の期間が過ぎた事に何の意味が有るのだろうと思った。
でも思春期には、思春期の男が全国的にそうだったように
早く大人になりたいと思った。
めんどくさいハイティーン、そして蛇行しながら嵐の様に過ぎ去る20代を経る頃には
全国的に誰もが感じる様に歳を取る感覚が無くなった。色んな書類の年齢を書く欄で
訂正ばかりしたものだ。次の年にも、その次の年にも。
そして全世紀で全国的に皆が思うように、歳なんか取りたくないなあと思った。
付き合いが増え、家族が増え、いくら祝ってくれる数や質が変容しようともだ。
体の線はだらしなく変わり、瞬発力は落ち、集中力が続く時間は短くなる一方だ…
でも、ここ何年かは違う。
何と言うか、悪くないのだ。
段々と心が身軽になってゆく感覚が有る。めんどくさい見栄や拘りや
人にどう見られたいとか、こう有るべきだとか
そういう荷物を置いて行ってるような気がする。
出来る事を全うすればいい、出来ない事は出来るように幅を広げる努力をすればいい。
それ以上望んでどうする感。
もちろん指針は有るのだけれど、焦ってないというか
少しでも前に進んでいればいつかはたどり着けるだろう、なにしろ前に進んでいるのだからな感。
家族からプレゼントを貰った。
嫁からはソフトボールのトレーニングシューズ。
ほんとはオニツカタイガーのスニーカーをリクエストしてたんだけど欲しい色が無かったので変えてもらった。
娘からは飛び出すバースデイカード。
この子は丁寧に物が作れるので感心してしまう。
息子からは手紙。
アナンダばりの忠誠心で中々いい手紙だけど、一つのテーマでゴリ押ししてしまうところが未熟。
面白おかしいフックや間抜けなエピソードを入れた方が多分伝えたい所が引き立つ。
悪くない。
2012年2月23日木曜日
死刑ゲーム
小学校の昼休み。何かの遊びでビリになった子が両手を水平に上げ、直立する。
僕らはその子から何メートルか離れたラインから背中に向けて皆でボールを投げる。
頭を狙う場合も有る。
そのうち罰ゲームがメインになり、その前の遊びは何でも良くなる。
子供達が何をしてもいい休み時間に、誰からも強制される事無く自然発生的に生まれ定着した遊びだ。
少年は中学校3年生だった。テニスに打ち込み、最後の大会に向けて
体の中から湧いてくる活力と希望を胸に学生生活を送っていた。そんな彼を病魔が襲う。
重度のネフローゼ症候群(腎臓疾患)。まあいわゆる難病だ。
絶対安静が必要なため入院。当然最後の試合なんてもってのほか。
ステロイド治療が功を奏し2ヶ月で退院。しかし再発。受験を控えた12月のこと。
病院内の養護学校に通う。病院から受験し北九州高専に入学。
好転しない症状から、免疫抑制剤へシフトを勧められる。抗がん剤だ。
リスクも有る。子供が出来ない体になるかもしれない。
吐き気、頭痛、脱毛、黄疸…体には様々な副作用が出る。だがそれしか手は無い。
しばらく続け、なんとか小康状態に持って行く。この命いつ終わるかも知れない。いつも全力で太く短く生きなければ。
大学4年生時、当時付き合っていた女性との間に一生出来ないかもと思っていた子宝が。
秋に入籍。学生でもあり、まだ一緒に暮らせるだけの余裕は無い。しかし守るものが出来た。
春から就職。研修先は県外。5月に出産。7月にやっと配属先が決まり家族で同居が可能に。しかしネフローゼが再発し入院。クリスマスと正月には外泊許可を貰ってなんとか家族で過ごす。この家族とのささやかな幸せをなるべく長く続けたい。
そして春。妻と娘がいたぶられ殺される。
参考資料:月刊WiLL2008年7 月号 「本村洋さん 難病と闘った凄絶な半生」(門田隆将)
死刑妥当と思う。5時間目が始まろうともボール投げつけるね。
まあ、例によってなかなか執行されないません。
さて、ここでいつものように死刑反対の人達がわさわさ湧いてくるんだけど
その人達の意見をちゃんと見てみようと思ってお勉強。自分が一つの意見で賛成だからといって反対の理由が一つである訳ではない。
・当時少年である
少年法は犯行時18歳未満の死刑適用を禁じているが、福田孝行当時18歳1ヶ月。アウト!
・精神疾患
弁護士の入れ知恵失敗。変な供述し始めるの遅すぎ。死体の隠蔽、財布の中の地域振興券盗んだり判断能力有りまくり。アウト!
・家庭環境が…
何の為に前半の文章書いたと思うのだ。辛い環境でも人は罪を犯さず自分を奮い立たせて生きて行ける。
・そんな死刑になるほどの重い罪じゃないし
この意見の人はあんまり居ない。過失でもないし。併合罪を加算する国だったら強盗+強姦+殺人×2+死体遺棄×2+器物損壊=懲役だったら何年?
・死刑制度自体に反対
ここが一番多いというか、もともと福田孝行(今は大月)を擁護しようと言う人は殆ど居なくて、
どんな残虐な犯人でも殺しちゃダメ!ゼッタイ!という人達。
その論拠も色々有るみたい。
・ルソーから連なる社会契約説ベース
人の権利は国家から与えられたものではなく、そもそも生まれながらにして持っているもので
一時的に国家に預けてあるに過ぎない。
そしてその一番大きな権利である生命というものを奪う権利なぞ、いち契約相手である国家なんぞに有る訳が無い。
日本では馴染みにくいかも知れないけど、時の王朝や貴族のパワーゲームで色んな国家にころころ踊らされた中性ヨーロッパ的な考え方ですね。
昔から住んでた場所が明日からドイツ領、明後日はフランス領とかなるんですから。
・刑の重さは強度ではなく時間
一瞬で済む死刑よりも、長期間に渡る刑の方が受刑者はきつい。これは、死刑よりも長い懲役の方が重いという考え方。ここは人によると思う。獄中生活も慣れる人は慣れるだろうし。日本には拷問刑は無いしなあ。仮釈放の可能性ゼロの終身刑。今の無期懲役と死刑の間のギャップを埋めるにはこの辺りが現実的かもしれない。
・人は変わるもの
更生の可能性。有るかも知れないし、無いかも知れない。生まれながらのクズ、死ぬまでクズって奴は確かに存在する。
・死刑制度が有る国は先進国の中では日本だけ。野蛮!
まあそうなんですけど。今有る刑法を変えようとするなら、それなりの手続きを踏んで下さいとしか言えない。
・冤罪リスク
ここら辺が論拠としては一番強いと思う。
人は間違う。懲役ならば服役中にやっぱ無罪でした、メンゴ!ってのも出来るけど
死刑執行した後にはそれも出来ないという。でもどこかの時点で判断を下さないといけない訳で。証拠もそろって自らも犯行も認めた場合にはいいんじゃないかと。
そして一番めんどくさいのが人権屋さんである。職業として、生業として人権を看板にしている人達だ。
例えば、わざわざ犯人と養子縁組をし名字を変えさせた大月純子さん。獄中の面会が親族に限られるからなのね。
日本基督教団牧師で「わたしたちの性と生を語る会・広島」代表、「ジェンダー広島」運営スタッフ、「男女共同参画を考える会ひろしま」共同代表。
元々福田姓も通り名なのかね。
安田好弘弁護士
数々の死刑が予想される普通の弁護士からは嫌われる事件を受けて来てこの世界で生き抜いて来た人。元全共闘。
亀井静香
死刑廃止を推進する議員連盟4代目会長
みんな仕事として役割を担ってる。その団体や任務にお金を払う人が居て、そのお金を受け取る以上やらない訳にはいかない。ただの正義感や主義信条だけで死刑反対言ってる訳ではない。
復讐は復讐を産むだけだ。そんな事は分かっている。
それでも事件当時に愛する妻と子供を持つ僕を含む日本の男性はみんな考えたものだ。考えたくもないのに。
「俺ならどうする?」
「俺なら、こうするよ、多分」当時、妻に話した。
ほぼ同じ事を会見で本村さんが話すのをテレビが流していた。
もし死刑じゃなければ、出所した所を俺が殺しに行く。
僕らはその子から何メートルか離れたラインから背中に向けて皆でボールを投げる。
頭を狙う場合も有る。
そのうち罰ゲームがメインになり、その前の遊びは何でも良くなる。
子供達が何をしてもいい休み時間に、誰からも強制される事無く自然発生的に生まれ定着した遊びだ。
少年は中学校3年生だった。テニスに打ち込み、最後の大会に向けて
体の中から湧いてくる活力と希望を胸に学生生活を送っていた。そんな彼を病魔が襲う。
重度のネフローゼ症候群(腎臓疾患)。まあいわゆる難病だ。
絶対安静が必要なため入院。当然最後の試合なんてもってのほか。
ステロイド治療が功を奏し2ヶ月で退院。しかし再発。受験を控えた12月のこと。
病院内の養護学校に通う。病院から受験し北九州高専に入学。
好転しない症状から、免疫抑制剤へシフトを勧められる。抗がん剤だ。
リスクも有る。子供が出来ない体になるかもしれない。
吐き気、頭痛、脱毛、黄疸…体には様々な副作用が出る。だがそれしか手は無い。
しばらく続け、なんとか小康状態に持って行く。この命いつ終わるかも知れない。いつも全力で太く短く生きなければ。
大学4年生時、当時付き合っていた女性との間に一生出来ないかもと思っていた子宝が。
秋に入籍。学生でもあり、まだ一緒に暮らせるだけの余裕は無い。しかし守るものが出来た。
春から就職。研修先は県外。5月に出産。7月にやっと配属先が決まり家族で同居が可能に。しかしネフローゼが再発し入院。クリスマスと正月には外泊許可を貰ってなんとか家族で過ごす。この家族とのささやかな幸せをなるべく長く続けたい。
そして春。妻と娘がいたぶられ殺される。
参考資料:月刊WiLL2008年7 月号 「本村洋さん 難病と闘った凄絶な半生」(門田隆将)
死刑妥当と思う。5時間目が始まろうともボール投げつけるね。
まあ、例によってなかなか執行されないません。
さて、ここでいつものように死刑反対の人達がわさわさ湧いてくるんだけど
その人達の意見をちゃんと見てみようと思ってお勉強。自分が一つの意見で賛成だからといって反対の理由が一つである訳ではない。
・当時少年である
少年法は犯行時18歳未満の死刑適用を禁じているが、福田孝行当時18歳1ヶ月。アウト!
・精神疾患
弁護士の入れ知恵失敗。変な供述し始めるの遅すぎ。死体の隠蔽、財布の中の地域振興券盗んだり判断能力有りまくり。アウト!
・家庭環境が…
何の為に前半の文章書いたと思うのだ。辛い環境でも人は罪を犯さず自分を奮い立たせて生きて行ける。
・そんな死刑になるほどの重い罪じゃないし
この意見の人はあんまり居ない。過失でもないし。併合罪を加算する国だったら強盗+強姦+殺人×2+死体遺棄×2+器物損壊=懲役だったら何年?
・死刑制度自体に反対
ここが一番多いというか、もともと福田孝行(今は大月)を擁護しようと言う人は殆ど居なくて、
どんな残虐な犯人でも殺しちゃダメ!ゼッタイ!という人達。
その論拠も色々有るみたい。
・ルソーから連なる社会契約説ベース
人の権利は国家から与えられたものではなく、そもそも生まれながらにして持っているもので
一時的に国家に預けてあるに過ぎない。
そしてその一番大きな権利である生命というものを奪う権利なぞ、いち契約相手である国家なんぞに有る訳が無い。
日本では馴染みにくいかも知れないけど、時の王朝や貴族のパワーゲームで色んな国家にころころ踊らされた中性ヨーロッパ的な考え方ですね。
昔から住んでた場所が明日からドイツ領、明後日はフランス領とかなるんですから。
・刑の重さは強度ではなく時間
一瞬で済む死刑よりも、長期間に渡る刑の方が受刑者はきつい。これは、死刑よりも長い懲役の方が重いという考え方。ここは人によると思う。獄中生活も慣れる人は慣れるだろうし。日本には拷問刑は無いしなあ。仮釈放の可能性ゼロの終身刑。今の無期懲役と死刑の間のギャップを埋めるにはこの辺りが現実的かもしれない。
・人は変わるもの
更生の可能性。有るかも知れないし、無いかも知れない。生まれながらのクズ、死ぬまでクズって奴は確かに存在する。
・死刑制度が有る国は先進国の中では日本だけ。野蛮!
まあそうなんですけど。今有る刑法を変えようとするなら、それなりの手続きを踏んで下さいとしか言えない。
・冤罪リスク
ここら辺が論拠としては一番強いと思う。
人は間違う。懲役ならば服役中にやっぱ無罪でした、メンゴ!ってのも出来るけど
死刑執行した後にはそれも出来ないという。でもどこかの時点で判断を下さないといけない訳で。証拠もそろって自らも犯行も認めた場合にはいいんじゃないかと。
そして一番めんどくさいのが人権屋さんである。職業として、生業として人権を看板にしている人達だ。
例えば、わざわざ犯人と養子縁組をし名字を変えさせた大月純子さん。獄中の面会が親族に限られるからなのね。
日本基督教団牧師で「わたしたちの性と生を語る会・広島」代表、「ジェンダー広島」運営スタッフ、「男女共同参画を考える会ひろしま」共同代表。
元々福田姓も通り名なのかね。
安田好弘弁護士
数々の死刑が予想される普通の弁護士からは嫌われる事件を受けて来てこの世界で生き抜いて来た人。元全共闘。
亀井静香
死刑廃止を推進する議員連盟4代目会長
みんな仕事として役割を担ってる。その団体や任務にお金を払う人が居て、そのお金を受け取る以上やらない訳にはいかない。ただの正義感や主義信条だけで死刑反対言ってる訳ではない。
復讐は復讐を産むだけだ。そんな事は分かっている。
それでも事件当時に愛する妻と子供を持つ僕を含む日本の男性はみんな考えたものだ。考えたくもないのに。
「俺ならどうする?」
「俺なら、こうするよ、多分」当時、妻に話した。
ほぼ同じ事を会見で本村さんが話すのをテレビが流していた。
もし死刑じゃなければ、出所した所を俺が殺しに行く。
2012年1月17日火曜日
年始あるある
怒濤の年末年始をくぐり抜けて、時間にも余裕が出てきてほっとしたところで
色々と普段考えない事を考えた始めたりするよね。
時間の定義。考えるよね。
瞬間の連続?軸はひとつ?
高速移動中の物体と静止している物体で時間の速さが変わる?
それならもう、時間の軸なんて無数に有る訳で
僕とあなたの時間は別のものだし、あなたとその横に居る人も違う訳だ。
アンドロメダ星人と地球人でも。像とネズミだって違うんだから。
概念なので前提の時点で、自分と他者が同じ物を持っているとすると大きく間違える。
時計などの、人工的に尺度を作ってそれを表示する装置なんてものは
時間を実在するものと証明するわけではない。
大河ドラマ。見るよね。とりあえず。
去年の江は初回を見て「あ、これは少女マンガだ」と思った。
最終回までちゃんと全部通しては見てないけど、多分間違ってはいない。
女性からの人気も高かったらしい。
今回の平清盛は、画作りが気合い入ってるなあと思った。
天気雨の多さや砂埃は龍馬伝にも通じる黒沢映画へのオマージュだ。多分。
NHKの製作陣も大河に関しては視聴率に敏感だ。
海賊はパイレーツオブカリビアンとワンピースへのオマージュだ。多分。
俺オマージュ言いたいだけやん。多分。
年末年始が忙しいので、今の仕事を始めてから年々
お正月が目出たくも何とも無くなってくる。
中旬位からやっと気分が乗ってきて、はしゃごうと思っても
みんなはとっくに通常モード。ただの浮かれてる人扱いされる。
初詣に行った。おみくじは吉。
その神社が去年まで仕事で付き合いの有った方の実家だと次の日に知る。
もし事前に知っていても、大吉にしてもらえる訳ではもちろん無い。
なんとなくギターを弾いて曲を作る。映像にも挑戦してみる。
Youtubeにアップする。
家族がハードディスクに録画していたお笑い番組を見る。
多分、放送日に見たらもっと面白かったんだろうなと思う。
家族でこたつの場所なり、ソファーの位置なり取り合いをして。
なるべく席を立たないで済むように食べ物や飲み物を用意して。
トイレに行ってる間にポジションやチャンネルの変更などが行われないか注意して。
そういうのが必要なのだ。そういうのも含めて祝祭なのだ。
そういうのが多い人の方が強くなれる気がするのだ。
人生の中でどれくらいかは分からないけど
ひとつの単位、共同体として同じ物を共有し
ともに過ごす。
何物にも換える事の出来ない豊かな瞬間の連続。
それは例え、その人達が別の時間を生きていたとしてもだ。
色々と普段考えない事を考えた始めたりするよね。
時間の定義。考えるよね。
瞬間の連続?軸はひとつ?
高速移動中の物体と静止している物体で時間の速さが変わる?
それならもう、時間の軸なんて無数に有る訳で
僕とあなたの時間は別のものだし、あなたとその横に居る人も違う訳だ。
アンドロメダ星人と地球人でも。像とネズミだって違うんだから。
概念なので前提の時点で、自分と他者が同じ物を持っているとすると大きく間違える。
時計などの、人工的に尺度を作ってそれを表示する装置なんてものは
時間を実在するものと証明するわけではない。
大河ドラマ。見るよね。とりあえず。
去年の江は初回を見て「あ、これは少女マンガだ」と思った。
最終回までちゃんと全部通しては見てないけど、多分間違ってはいない。
女性からの人気も高かったらしい。
今回の平清盛は、画作りが気合い入ってるなあと思った。
天気雨の多さや砂埃は龍馬伝にも通じる黒沢映画へのオマージュだ。多分。
NHKの製作陣も大河に関しては視聴率に敏感だ。
海賊はパイレーツオブカリビアンとワンピースへのオマージュだ。多分。
俺オマージュ言いたいだけやん。多分。
年末年始が忙しいので、今の仕事を始めてから年々
お正月が目出たくも何とも無くなってくる。
中旬位からやっと気分が乗ってきて、はしゃごうと思っても
みんなはとっくに通常モード。ただの浮かれてる人扱いされる。
初詣に行った。おみくじは吉。
その神社が去年まで仕事で付き合いの有った方の実家だと次の日に知る。
もし事前に知っていても、大吉にしてもらえる訳ではもちろん無い。
なんとなくギターを弾いて曲を作る。映像にも挑戦してみる。
Youtubeにアップする。
家族がハードディスクに録画していたお笑い番組を見る。
多分、放送日に見たらもっと面白かったんだろうなと思う。
家族でこたつの場所なり、ソファーの位置なり取り合いをして。
なるべく席を立たないで済むように食べ物や飲み物を用意して。
トイレに行ってる間にポジションやチャンネルの変更などが行われないか注意して。
そういうのが必要なのだ。そういうのも含めて祝祭なのだ。
そういうのが多い人の方が強くなれる気がするのだ。
人生の中でどれくらいかは分からないけど
ひとつの単位、共同体として同じ物を共有し
ともに過ごす。
何物にも換える事の出来ない豊かな瞬間の連続。
それは例え、その人達が別の時間を生きていたとしてもだ。
2011年12月23日金曜日
寒太郎が来たぜ
基本的に寒いのは嫌いだ。
生まれも育ちも宮崎県なのだ。それも太平洋沿岸の町で20年近く過ごしていたのだ。
雪なんて年に一回ひらりと降るか降らないかだ。
福岡に出てきて、4月に雪が降っててびっくりした。
大陸の寒波が偏西風と入り交じり、直に吹き付けるのだ。
こんな所に住めるかと思った。
でも、なんだかんだで住み着いてしまった。
なんだかんだで。
ひとつの生物として、寒くて得する事なんて殆ど無いと思う。
緯度が高くなるほど、動植物の生息数も種類も減って行くのは真実なのだ。
それでも、年末へ向けてのこの時期は
みんな忙し楽しそうで、しかも急に冷え込んだりしたら
自分でもなんだかわくわくしてくる。
今までの人生で経験した楽しい記憶のせいなのか。
それとも生命の危機に対するスリルを体が感じているのか。
寒太郎が来たぜ。
何か楽しいぜ。
生まれも育ちも宮崎県なのだ。それも太平洋沿岸の町で20年近く過ごしていたのだ。
雪なんて年に一回ひらりと降るか降らないかだ。
福岡に出てきて、4月に雪が降っててびっくりした。
大陸の寒波が偏西風と入り交じり、直に吹き付けるのだ。
こんな所に住めるかと思った。
でも、なんだかんだで住み着いてしまった。
なんだかんだで。
ひとつの生物として、寒くて得する事なんて殆ど無いと思う。
緯度が高くなるほど、動植物の生息数も種類も減って行くのは真実なのだ。
それでも、年末へ向けてのこの時期は
みんな忙し楽しそうで、しかも急に冷え込んだりしたら
自分でもなんだかわくわくしてくる。
今までの人生で経験した楽しい記憶のせいなのか。
それとも生命の危機に対するスリルを体が感じているのか。
寒太郎が来たぜ。
何か楽しいぜ。
2011年11月7日月曜日
手塚ブッダ
手塚治虫のブッダを読了。
釈迦の生涯を書いた本は今までにも何冊か読んでいたのだが
史実とかこだわらずに物語として楽しむべき物だと思った。
敬虔な仏教徒は連載当時カンカンに怒ったそうだが
そんなのはブッダの教えと相容れない。
ほぼフィクション、痛快アクション! ときどき実話。
ってキャッチを頭の中で勝手に付けて楽しむべき物だ。
そもそも現在に伝わる釈迦の史実が実話かどうかなんてのも
かなり怪しい話だし、検証の手段も限られているのだ。
僕の久しぶりの手塚体験は
手塚絵の強烈な力を再確認する事にもなった。
彼特有の線で描かれるキャラクター達は
それぞれが愛らしく魅力的だ。
幼少時のタッタなんて
僕がもしもお母さんだったら一生愛して止まないだろう。
物語全体を通して語られるのは手塚の宇宙観に裏打ちされた
「生命や魂は不滅の物で、現世の肉体は只の入れ物である」
という概念から導きだされる
死に執着するな
というメッセージだ。
「無理すんなよ」と言いながら仲間を助ける為に蛇に飲まれて行くタッタ。
「さァなら」と言いながら虎に食われるダイバダッタの兄貴分の狼。
「すぐおなかいっぱい食べさせてやるニャ」と言いながら狼に食べられるアッサジ。
彼らはみんな執着を持たずに悟った顔でその生涯を終えようとする。
そしてそれらの行為は、まずナラダッタに衝撃を与え、長い時間と気の遠くなるような様々な出来事を経過して
ブッダの悟りへとつながって行く。
ウサギが焚き火に身を投じるエピソードが物語の最初と最終盤に扱われている事からも、このテーマを手塚がブッダを通して一番伝えたかったメッセージと見てよいだろう。
また、ブラフマンやコスモゾーンなどの宇宙観は
「火の鳥」にも貫かれているこの時期に得意としていた手塚節でもある。
古本で最初に三巻まで買ってきて、ぼちぼち揃えようとしていたのだが
息子、娘、嫁まで続きを読みたがるようになり、途中から古本が見つからないので新品を買うはめに。
単行本化する際に大幅カットされたという悪魔とのからみも読みたいところだ。
長期連載だったために、話の筋がブレてしまったのだろう。
後半と連載開始時のテンションの違いも結構有るけど、そんなの昭和のコミック世代なら慣れっこだし。柔道漫画が野球漫画になっても全然オッケーだし。
今この文体だってブレてるし。
一番面白かった家族の感想は、娘の「最初、何か、ブッダ寝そべってるばっかりで好かーんって思った」です。
そういえば偉人の像で寝そべってるのって他に居るのだろうか?この人くらい?
そうか!ゴロゴロ寝転がってるのは何も悪くないんだ!
ああ、宇宙の神よ、私は今悟りました。寝転がってていいんですね!
とても幸せな気持ちです。花びらも降ってきました。私はこの真理を
あらゆる身分を問わずに世界中のみんなに説いて回りたい。みんなを苦しみから解き放つ為です。
しかし、寝転がってていいという教義を歩き回って説いても説得力が無いなあ。
寝転がりながら布教できる方法を考えなきゃ。寝転がりながら。
2011年10月23日日曜日
カダフィ逮捕時の映像
カダフィ逮捕時の映像を見て、ああこういう風にされるんだと思った。
街でチンピラが敵対グループにやられるように。
数で上回って抵抗できなくして、血まみれになるまでボコボコにする。
色々と聞き出さないといけない情報は有ったんだけど、その場のみんなの熱量で止まらなくなる。
それを目的に戦い、何万人も犠牲になってきたのだ。
日本に暮らす僕らには、そんな怒りのエネルギーは有るのだろうか?
街でチンピラが敵対グループにやられるように。
数で上回って抵抗できなくして、血まみれになるまでボコボコにする。
色々と聞き出さないといけない情報は有ったんだけど、その場のみんなの熱量で止まらなくなる。
それを目的に戦い、何万人も犠牲になってきたのだ。
日本に暮らす僕らには、そんな怒りのエネルギーは有るのだろうか?
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